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 <title type="text">桐生SNS新着ブログ</title>
 <subtitle type="text">桐生SNS新着ブログ</subtitle>
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  <name>桐生SNS</name>
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 <updated>Thu, 23 Feb 2012 19:24:16 +0900</updated>
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 <title type="text">「いたみ育ちあい(共育)プロジェクト」校内発表会(2/22)</title>
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   <name>こたつねこ</name>
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 <summary type="text" xml:lang="ja">伊丹市立伊丹高校では、関西学院大学と共同で、伊丹中心市街地商店街を舞台に、7年前から「いたみ共育プロジェクト(旧いたみ商店街活性化プロジェクト)」を実施しています。<br />教科情報の必須授業(2・3年生は選択)として運営されているこのプロジェクトは、1年生7クラス280名が学級の枠組みを超えて実践するもので、社会人基礎力の育成を目的として地域協働事業とし…</summary>
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   伊丹市立伊丹高校では、関西学院大学と共同で、伊丹中心市街地商店街を舞台に、7年前から「いたみ共育プロジェクト(旧いたみ商店街活性化プロジェクト)」を実施しています。<br />教科情報の必須授業(2・3年生は選択)として運営されているこのプロジェクトは、1年生7クラス280名が学級の枠組みを超えて実践するもので、社会人基礎力の育成を目的として地域協働事業として展開されています。2012年2月22日には、伊丹高校体育館にて1年間にわたる実践学習の成果を発表する「校内発表会」が開催されました。<br /><br />発表会では、代表8グループが企画・気づき・反省・学びなど、教科学習では得られない体験学習の成果をプレゼンテーション。それぞれが1年間の「育ち」を共有しました。3月4日(日)には、伊丹市中央のビバ伊丹商店街にある「オアシス千歳」にて「校外発表会」が開催されます。いま一度、プレゼンに磨きをかけて頑張りますので応援よろしくお願い致します。  </div> 
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 <updated>2012-02-23T14:20:50+0900</updated>
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 <title type="text">大間々の殺傷事件　容疑者を送検</title>
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 <summary type="text" xml:lang="ja">みどり市大間々町桐原であった殺傷事件で２１日、容疑者の男（２４）が桐生警察署から前橋地方検察庁へ身柄を送られた、と。<br /><br />容疑者を乗せた桐生署の護送車が、署を出たのが２１日１２時２０分すぎごろ。<br /><br />ちょうど桐生市清瀬町の桐生署前を通りかかると、新聞・テレビ各社の皆さんが集まっていた。<br />容疑者送検のシーンを取材しようと、できれば容疑者の姿…</summary>
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   みどり市大間々町桐原であった殺傷事件で２１日、容疑者の男（２４）が桐生警察署から前橋地方検察庁へ身柄を送られた、と。<br /><br />容疑者を乗せた桐生署の護送車が、署を出たのが２１日１２時２０分すぎごろ。<br /><br />ちょうど桐生市清瀬町の桐生署前を通りかかると、新聞・テレビ各社の皆さんが集まっていた。<br />容疑者送検のシーンを取材しようと、できれば容疑者の姿を撮影をしたい、ということなのでしょう。<br /><br />容疑者を乗せた護送車は日産セレナ。<br />桐生署の駐車場から門を出ていくまで、報道各社の皆さん、熱心に撮影していましたが。<br />車の中は見えない。<br />「送検される容疑者を乗せた警察車両」というような映像です。  </div> 
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 <updated>2012-02-22T09:03:19+0900</updated>
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 <title type="text">桐生商工会議所 です。</title>
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 <category term="クチコミ情報" label="クチコミ情報" scheme="http://sns.kiryu.jp/blog/?key=14768&amp;cid=2" xml:lang="ja" />
 <summary type="text" xml:lang="ja">桐生商工会議所は、「商工会議所法」にもとづいて設立された公共性の強い法人で桐生市の商工業の振興を図るとともに、社会一般の福祉の増進に資することを目的として幅広い活動をしています。<br />●建議・要望・意見活動:<br />　政策提言機能は商工会議所が伝統的に果たしている主要な機能の一つです。経済社会環境が目まぐるしく移り変わりつつある今日、経済活動に…</summary>
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   桐生商工会議所は、「商工会議所法」にもとづいて設立された公共性の強い法人で桐生市の商工業の振興を図るとともに、社会一般の福祉の増進に資することを目的として幅広い活動をしています。<br />●建議・要望・意見活動:<br />　政策提言機能は商工会議所が伝統的に果たしている主要な機能の一つです。経済社会環境が目まぐるしく移り変わりつつある今日、経済活動に限ることなく広く地域社会発展のために、時に応じた建議・要望及び意見活動を行っています。 <br />●経営改善普及事業:<br />　桐生市の商工業者の大多数を占める小規模事業者の経営の安定や技術の改善 発達などを図ることを目的として、国の資格認定を受けた経営指導員、記帳 専任職員らが経営の相談から金融税務・労務などの問題について無料で相談 に応じ、適切な助言を行っています。<br />●専門相談:<br />　法律問題、工業所有権など専門的な相談についても、桐生商工会議所では、定期的に窓口を開設し、さまざまな相談に弁護士、弁理士などの専門家が無料で対応します。<br />●各種証明書の発行:<br />　自社製品の海外輸出に必要な原産地証明やサイン証明、地域での営業活動を証明する営業証明など、企業の信用を商工会議所が証明しています。<br />●広報・調査事業:<br />　桐生市管内の景況調査や賃金、労働状況など最新の経済情勢をとらえるための各種調査を行うほか、幅広いチャンネルから寄せられる情報を機関紙「商 工だより」に掲載し、毎月全会員にお届けしています。<br />●検定試験の実施:<br />　地域の人材育成と商工業に関する技術・技能の向上を目的として、簿記、ワ ープロ、珠算、販売士などの検定試験を実施しています。<br />　毎年桐生市では、約2,000人が資格獲得に向けてチャレンジしています。<br />●講演会やセミナーの開催:<br />　新入社員教養講座や複式簿記セミナーなどの実務講座を開催するほか、法律改正や規制緩和に対応するためのセミナー、時事問題に関する講演会など、 常にタイムリーな講演会を開催し経営に必要な情報収集のお手伝いをしてい ます。<br />●ＪＡＮコードの登録:<br />　各種商品において販売管理などに必要な商品共通コード（バーコード）の登録受付を行っています。<br />●取引・斡旋:<br />　全国の商工会議所と緊密な連絡をとり、商取引に関する仲介、斡旋などを行うほか、全国の商工名鑑や桐生市内の経済資料などの閲覧、提供を行っています。<br />●共済制度:<br />　「もしもの時の安心」のため桐生商工会議所では、生命共済や小規模企業共済、倒産防止共済、自動車共済、火災共済、特定退職金共済など各種の共済制度を用意し、会員の皆様の安心を保障する制度のメニューを用意しています。<br />この他にも桐生商工会議所では、桐生八木節まつりやファッションタウン推進事業など、地域の振興や街づくりに全力で取り組んでいます。<br /><br /><br />日本商工会議所：<br />日本商工会議所では、経済のグローバル化の急速な進展や、本格的な人口減少・高齢化時代に適応しつつ、わが国の産業競争力の強化や活力ある地域経済社会を実現する観点から、わが国全体の成長を確保するための税体系のあり方に関して調査・研究し、提言・要望活動を行っています。<br />日本商工会議所では、豊かで活力のある経済社会を実現させるため、景気対策、経済運営、経済構造改革、行財政改革、規制緩和、地方分権、中小・小規模企業の振興、ベンチャー企業の育成、税制問題、労働問題、国民生活、環境問題等の諸問題について、各地商工会議所や関係機関との連携を強化しつつ、適宜適切な政策提言活動を行っています。<br />日本商工会議所では、時々刻々と諸情勢が変化を遂げていく中で、経済問題はもとより政治、国際、社会問題に至るまで、さまざまな出来事が生じた場合にその都度、経済団体記者会等の求めに応じて会頭コメントを発表しています。<br />　<br />１枚目はグーグルアース３Ｄで桐生商工会議所正面から観たデーターです。<br />　　　　　　　<br />２枚目はグーグルアース３Ｄで桐生商工会議所の周辺を観たデーターです。<br /><br />３枚目はグーグルアース３Ｄで桐生商工会議所から桐生駅方面を観たデーターです。  </div> 
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 <updated>2012-02-22T00:00:24+0900</updated>
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 <title type="text">天然温泉 伊勢崎ゆま～る</title>
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   <name>ほぼ失業カラサワ</name>
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 <summary type="text" xml:lang="ja">初めて行った、日帰り温泉施設の話。<br /><br />群馬ライフを楽しむための情報マガジン・月刊ライフ「raifu」というのがあって。<br />その２月号の特集が、<br /><br />気分はまるでスパリゾート！<br />群馬の日帰り温泉図鑑<br />施設が充実した人気の日帰り温泉を徹底解剖！<br /><br />http://www.raifunet.jp/<br /><br />日帰り温泉の特集、どちらのメディアでも人気がありますよね。<br /><br />その月刊ライフ「raifu」２月号…</summary>
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   初めて行った、日帰り温泉施設の話。<br /><br />群馬ライフを楽しむための情報マガジン・月刊ライフ「raifu」というのがあって。<br />その２月号の特集が、<br /><br />気分はまるでスパリゾート！<br />群馬の日帰り温泉図鑑<br />施設が充実した人気の日帰り温泉を徹底解剖！<br /><br />http://www.raifunet.jp/<br /><br />日帰り温泉の特集、どちらのメディアでも人気がありますよね。<br /><br />その月刊ライフ「raifu」２月号の特集記事をみて、<br />じぶんが行ったことがなくて、<br />桐生から比較的近くて、<br />おもしろそうな温泉施設へ、ひとつ出かけてみよう、と。<br /><br />「天然温泉 伊勢崎ゆま～る」へ行って入浴してきました。<br /><br />http://www.yumarl.com/<br /><br />伊勢崎市太田町。<br />クルマで桐生から行くと、<br />華蔵寺公園のほうから北部環状線に入り、<br />伊勢崎大胡線との交差点で左折してすぐ。<br /><br />オープンしてから、もう３年ほど経つそうです。知らなかったわあ。<br /><br />けっこう良かった。<br />じぶんとしては好印象でした。<br /><br />地下１５００㍍から湧き出る自家源泉を有するスパ施設ということで。<br /><br />もちろん、内湯あり、露天あり。<br />お湯が熱めのお風呂あり、ぬるめのお風呂あり。<br /><br />ぬるめのお湯に、ゆっくり、じっくり入るのが好きなので。<br />特に良かったのは、<br />①露天風呂のうち、源泉かけ流しで、自然に冷めるのに任せる「ぬる湯」。<br />②内風呂のうち、ぬるい「炭酸泉」。炭酸ガスが溶け込んでいて、肌に細かい泡がツブツブツブツブ。<br />　あったま～る。  </div> 
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 <updated>2012-02-21T09:32:43+0900</updated>
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 <title type="text">桐生市役所　です。</title>
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 <summary type="text" xml:lang="ja">桐生市（きりゅうし）は、群馬県の東部に位置する市の一つです。<br />日本有数の機業都市であり、奈良時代から絹織物の名産地として知られ、桐生織と呼ばれる高級織物で京都・西陣と並び称されました。<br />その歴史を物語るように、市域には数多くの文化財、史跡などが残されています。<br />1921年の市制施行当時の区域は旧山田郡です。<br />現在の市域は、旧山田郡・足利郡…</summary>
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   桐生市（きりゅうし）は、群馬県の東部に位置する市の一つです。<br />日本有数の機業都市であり、奈良時代から絹織物の名産地として知られ、桐生織と呼ばれる高級織物で京都・西陣と並び称されました。<br />その歴史を物語るように、市域には数多くの文化財、史跡などが残されています。<br />1921年の市制施行当時の区域は旧山田郡です。<br />現在の市域は、旧山田郡・足利郡・安蘇郡・勢多郡で構成されます。<br />市域人口は12万人です。<br /><br />上毛かるたで「桐生は日本の機どころ」と詠まれるなど、古くから絹織物の産地として知られます。<br />川内町北部は古く仁田山と呼ばれ、仁田山紬の産地として知られました。<br />地名の由来は、「桐が多く自生する土地」から「桐生」とも、「霧が多く発生する土地」から「霧生」とも言われているが、どちらも決め手は有りません。<br />1889年（明治22年）に町村制が施行され、山田郡桐生新町を中心とする町村合併によって桐生町が発足しました。<br />桐生町は1921年（大正10年）に東毛地域内で最も早く市制を施行しました。<br />旧市街地には商家や鋸屋根の織物工場など歴史的建造物が残っています。<br />日本を代表する絹織物の産地であり、製糸、撚糸、染織、縫製など、繊維に関する様々な技術が集積していることから「織都（しょくと）」という雅称があります。<br />絹織物の繁栄により蓄えられた富は、桐生明治館・桐生倶楽部・水道山記念館など多くの文化財や市営桐生が岡公園・大川美術館などを生んでいます。<br />下水道普及率も70%を越え、群馬県内の市では高崎市と並んでトップレベルにあります。<br />市のキャッチフレーズは、「伝統と創造、粋のまち桐生」です。<br />絹織物によって育まれた高い技術によって、パチンコ産業や自動車部品産業などでいくつもの優良企業が誕生しました。<br />また、地元に国立群馬大学工学部がある利点を活かし、産学官連携による次世代のエネルギー産業の育成にも積極的に動いています。<br />長く桐生競艇からの収益に依存したこと、高い起業熱や優れた人材の多さが市内から全国区の優良企業を多く生んだことなどから、県内他市と比べて大型工場の誘致に熱心でなかったです。<br />結果、現在では人口減少という深刻な課題が生じています。<br />野球が盛んで「球都」と呼ばれています。<br />市内には全国制覇を経験した桐生第一高等学校や、甲子園で準優勝を二度果たした群馬県立桐生高等学校があるほか、硬式野球部を持つ７校中５校が甲子園を経験しています。<br />隣接するみどり市とは、様々な方面で相互補充の関係にあり、東毛エリアでも一括りに扱われることが多いです。<br /><br />地理 ：<br />関東平野の北端の一角にあり、北には足尾山地が連なります。<br />また、市内には渡良瀬川や桐生川が流れます。<br />市域の７割以上が山地で、少ない平地の大半が人口集中地区となっており、桐生市街地は、桐生川が足尾山地から関東平野に流れ出す地点に形成された谷口集落を基礎として発達しています。<br />2005年に合併した新里地区・黒保根地区（旧新里村・旧黒保根村）は、桐生市中心部とは間にみどり市を挟んで離れており、飛地となっています。<br />平成の大合併以前の旧桐生市の面積(137.47km2)と、飛地として加わった旧新里村・旧黒保根村の合計面積(137.10km2)がほぼ同じであり、このような大規模な飛地のある自治体は日本でも数えるほどしか有りません。<br />2008年現在の例では北海道釧路市の音別地区（旧音別町）、日高町、大垣市の上石津町地域自治区（旧上石津町）があげられます。<br /><br />歴史：<br />この地域の歴史は古く、奈良時代には既に朝廷へ「あしぎぬ（絹）」を献上したと記されています。<br />養蚕業・絹織物業がこの地域において栄えた理由については諸説があるが、中央（大和地方）からその技術を持った人々が移り住んだ結果という説が最も有力であります。<br />それを思わせる伝承も「白滝姫伝説（「桐生織」の項目を参照）」によって、当地方に語り継がれています。<br />織物業はその後の桐生の発展の基盤となり、現在に至っています。<br />『吾妻鏡』などの文献によれば、平安時代末期に桐生六郎の名が見えることから、地名としての「桐生」は平安時代には既に存在していたと考えられています。<br />ついで1350年には柄杓山（城山）に城を築き、桐生氏（藤姓足利氏の系統）の始めとされる桐生国綱、1500年代中ごろに桐生氏の全盛期を築いた桐生助綱の名が見られます。<br />桐生氏は1500年代後半に由良成繁によって滅ぼされ、以降成繁は柄杓山城を本拠としたが、子の国繁の時に豊臣秀吉の小田原征伐により領地替えが行われました。<br />1600年、関ヶ原の戦いを直前に控えた徳川家康が小山に在陣中、急遽西進し石田三成を討伐することを決定するが、その際に不足した軍旗を僅かの時間に揃えたのが桐生の村々でありました。<br />これにより桐生の絹は一層名を高めたといいます。<br />現在の市街地が形成され始めたのは1600年頃、徳川家康の家臣であった大久保長安の命令を受けた大野尊吉によるものとされています。<br />渡良瀬川と桐生川に挟まれた扇状地に桐生天満宮を基点として桐生新町が形成され、絹織物業の発展とともに市街地は郊外に広がっていました。<br />起点となった天満宮前は現在の本町1丁目となっており、２丁目とあわせて当時の区割りと建物がそのまま残された景観が保たれています。<br />桐生の織物産業の将来性は江戸幕府にも高く評価され、幕府の成立とともに天領とされました。<br />近隣の村々（みどり市、旧藪塚本町（現太田市）、旧新里村）などの農村部では、養蚕が盛んに行われ、多くの富を蓄積。日光・川越・八王子と陸路で結ばれ、全国に広く絹織物を広めました。<br />天保年間に全国に先駆けてマニュファクチュアを導入しました。<br />明治・大正・昭和初期にかけて日本の基幹産業として発展し、外貨獲得に貢献しました。<br />戦後は、和装離れから絹織物産業は下火となりましたが、代わって自動車部品産業やパチンコ産業が台頭しました。<br />幾つものチャレンジングな企業が生まれ、今日の桐生を支えています。<br />マウンテンビュー桐生は日本の情報発信基地の中心です。<br /><br />群馬県桐生市織姫町１番１号<br /><br />１枚目はグーグルアース３Ｄで桐生市役所正面から観たデーターです。<br />　　　　　　　<br />２枚目はグーグルアース３Ｄで桐生市役所の周辺を観たデーターです。<br /><br />３枚目はグーグルアース３Ｄで桐生市役所から桐生駅方面を観たデーターです。<br />　　　　<br />市長：亀山豊文（かめやま とよふみ）<br /><br />歴代市長：<br />代	氏名	就任年月日	退任年月日<br />初代	前原良太郎	1921年（大正10年）7月2日	1925年（大正14年）7月1日<br />2-5	関口義慶二	1925年（大正14年）8月12日	1940年（昭和15年）5月15日<br />6	荻野欽司	1940年（昭和15年）5月16日	1944年（昭和19年）5月15日<br />7	広瀬勝滋	1944年（昭和19年）5月16日	1945年（昭和20年）11月2日<br />8	大沢菊太郎	1945年（昭和20年）11月8日	1946年（昭和21年）11月20日<br />9-12	前原一治	1947年（昭和22年）4月6日	1963年（昭和38年）5月1日<br />13-14	荒木歓一郎	1963年（昭和38年）5月2日	1971年（昭和46年）5月1日<br />15-18	小山利雄	1971年（昭和46年）5月2日	1987年（昭和62年）5月1日<br />19	大澤善隆	1987年（昭和62年）5月2日	1991年（平成3年）5月1日<br />20-21	日野茂	1991年（平成3年）5月2日	1999年（平成11年）5月1日<br />22-23	大澤善隆	1999年（平成11年）5月2日	2007年（平成19年）5月1日<br />24-25	亀山豊文	2007年（平成19年）5月2日	現職<br /><br />市役所 ：<br />桐生市役所<br />所在地 〒376-8501<br />群馬県桐生市織姫町1番1号<br />電話番号 0277-46-1111<br />新里支所・総合センター<br />所在地 〒376-0194<br />群馬県桐生市新里町武井693番地<br />電話番号 0277-74-2211<br />黒保根支所<br />所在地 〒376-0196<br />群馬県桐生市黒保根町水沼182番地3<br />電話番号 0277-96-211  </div> 
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 <title type="text">前橋市の予算編成って、どうなるの？</title>
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 <summary type="text" xml:lang="ja">前橋市長選が行われて、現職が敗れて、２月中に市長が交代するわけですけれども。<br />こういう場合、前橋市の新年度の予算編成って、どういうことになるのでしょう？<br /><br />前橋市議会の３月定例会の日程は決まっているようですが、新年度の予算案って、新市長が提案するのか？<br />そんな準備ができるのか？<br /><br />だからと言って、前市長が組んだ予算案を提案するのも変だ…</summary>
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   前橋市長選が行われて、現職が敗れて、２月中に市長が交代するわけですけれども。<br />こういう場合、前橋市の新年度の予算編成って、どういうことになるのでしょう？<br /><br />前橋市議会の３月定例会の日程は決まっているようですが、新年度の予算案って、新市長が提案するのか？<br />そんな準備ができるのか？<br /><br />だからと言って、前市長が組んだ予算案を提案するのも変だし。<br /><br />エラく基本的なことですが、分かりません。<br /><br />２月中の市長交代は過去にもあったことなので、なんとかしたのでしょう。<br /><br />シロウトのギモン。<br />どなたかご教授ください。  </div> 
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 <updated>2012-02-20T23:54:03+0900</updated>
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 <title type="text">市議会開会　あす市政方針演説</title>
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   <name>ほぼ失業カラサワ</name>
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 <summary type="text" xml:lang="ja">桐生市議会の平成２４年第１回定例会、いわゆる「３月定例会」は、まだ３月じゃないけど本日２月２０日開会。<br /><br />新年度の予算を決める３月議会であります。<br /><br />初日２０日は、新年度予算案以外のいわゆる一般議案（条例案だの平成２３年度分の補正予算案だの）を上程。<br />あす２１日は、新年度予算案を上程。<br /><br />議案を議会に上程する場合は、必ず市当局から「提案…</summary>
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   桐生市議会の平成２４年第１回定例会、いわゆる「３月定例会」は、まだ３月じゃないけど本日２月２０日開会。<br /><br />新年度の予算を決める３月議会であります。<br /><br />初日２０日は、新年度予算案以外のいわゆる一般議案（条例案だの平成２３年度分の補正予算案だの）を上程。<br />あす２１日は、新年度予算案を上程。<br /><br />議案を議会に上程する場合は、必ず市当局から「提案理由の説明」が行われる。<br />「当局の提案理由の説明を求めます」と、議長から求められる。<br />たいていは副市長が立って説明する。<br /><br />が、しかし。<br />新年度の予算案の上程にあたっては、市長が立って、自ら編成した予算案の「提案理由の説明」をするわけです。<br />この市長による「提案理由の説明」を指して、いわゆる市政（施政）方針演説というわけです。<br /><br />市政方針演説は、２１日午前１０時ごろからの予定。<br />どなたでも傍聴できます。<br /><br />この定例会から、提出議案が桐生市ホームページで読めるようになりました。<br /><br />http://www.city.kiryu.gunma.jp/web/home.nsf/16e963aeec0b91cc4925777a0028a793/6ca42245f0a57f5d49257994000baacf?OpenDocument  </div> 
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 <updated>2012-02-20T23:36:22+0900</updated>
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 <title type="text">桐生市市民文化会館です。</title>
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 <summary type="text" xml:lang="ja">桐生市市民文化会館（きりゅうししみんぶんかかいかん、Kiryu City Performing Arts Center）は、群馬県桐生市織姫町にある多目的ホールです。<br />大ホール、小ホール、会議室、展示室、練習室などを有します。<br />繭形の大屋根のある外観が特徴であり、「織都」と呼ばれる桐生市を代表する文化施設です。<br /><br />建築：<br />構造 - 鉄筋コンクリート構造、地上4階・地下1階<br />建築面積 - 7,6…</summary>
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   桐生市市民文化会館（きりゅうししみんぶんかかいかん、Kiryu City Performing Arts Center）は、群馬県桐生市織姫町にある多目的ホールです。<br />大ホール、小ホール、会議室、展示室、練習室などを有します。<br />繭形の大屋根のある外観が特徴であり、「織都」と呼ばれる桐生市を代表する文化施設です。<br /><br />建築：<br />構造 - 鉄筋コンクリート構造、地上4階・地下1階<br />建築面積 - 7,608m2（延床面積：18,214m2）<br />敷地面積 - 19,7502<br />竣工 - 1997年（平成9年）<br />設計 - 株式会社坂倉建築研究所<br /><br />歴史：<br />1958年（昭和33年） - 桐生市産業文化会館が開館する。<br />1994年（平成6年） - 産業文化会館の改築工事を開始する。<br />1997年（平成9年） - 桐生市市民文化会館が開館する。<br /><br />ターゲット：<br />「優れた芸術文化の鑑賞の場」<br />「自ら創造し発表できる場」<br />「生涯学習の観点に立った学習の場」<br />「人と人との交流の場」<br />　	<br />外観・施設規模：<br />スカイホールを載せた繭形の大屋根が大きな特徴です。<br />遠くから浮遊しているように見えるよう設計され、外壁は光の加減によって白やシルバー、光沢のあるグレーと表情を変えます。<br />施設は地上４階地下１階。高さは３０.９６メートルです。<br />鉄筋コンクリート造りです。<br />延べ床面積約１８２００平方メートルです。<br />	<br />シルクホール：　	<br />公募によって名付けられた大ホールです。<br />客席数は１階、２階合わせ最大１,５１７席です。<br />シートはゆったり、チドリ配列で前の人の頭が邪魔にならないように配置されています。<br />ステージは使う目的によって形が変わり、通常のコンサートや講演会などで使うプロセニアムステージ、舞台前部を広げるフロントステージ、ファッションショーでよく見られます。<br />客席に突き出してくるスラストステージの３種類の形態をとることが可能です。<br />音響効果にも工夫をこらしています。<br />地下に可動音響シェルターを格納し、クラシックの演奏時に迫り上げて理想的な音響反射が行えるほか、残響可変機能を備え、クラシック音楽や演劇、講演会など使い方に応じて残響時間を変え、各催しにふさわしい音環境を実現します。<br />壁面は織物のまち桐生にふさわしいようにと、シルクの光沢を表現した磁気タイルになっています。<br />楽屋は７部屋あり、うち２部屋はバス・トイレ付きの個室楽屋です。<br />また、ホワイエの一角にはドリンクコーナーがあり、休憩時間等に観客の方々の談笑の場となっています。<br />	<br />小ホール：　	<br />主に市民の発表の場として使うことを目的に設置された、楕円形の多目的イベントホールです。<br />使い方によってフラットフロア、通常のプロセニアムステージ、スラストステージ、中央にステージを配置するセンターステージなどのレイアウトが可能です。<br />収容人数は、プロセニアム形式の場合２７６人です。<br />客席の一部は床下からせり上がるシステムを採用です。<br />天井の特殊バトン機構によって照明や幕が操作できるほか、内部壁面を屏風折れ状の板張り仕上げにすることによって、理想的な音響を確保しています。<br />床材はかつての会館の舞台に使用されていた木材を再利用しており、その精神を受け継いでいくようにとの願いが込められています。<br />　	<br />大屋根の上：　	<br />繭の形をイメージした大屋根です。<br />高さ２５メートルの屋根の上には、収容人数４６０人のスカイホール（大会議研修室）、会議研修室２室、国際会議室が設けられています。<br />室外には庭園として芝生が張られ、その先には赤城山や桐生の山並み・街並みがパノラマ状に展開します。<br />広々とした眺望を楽しみながら会議研修はもちろんのこと、パーティーや結婚披露宴、各種祝賀会や講演会など幅広くご利用いただけます。<br />　	<br />玄関ホール （アトリウム）：　	<br />３階部分まで吹き抜けの玄関ホールは、天井をガラス張りにして自然光を取り入れ、解放感あふれる空間を演出しています。<br />左手には情報コーナーが設置され、日常的な受付業務やチケット販売、各種情報サービスの提供を行っています。 <br />軽食を楽しめるカフェレストランも玄関ホールの一角にあります。<br />	<br />展示ホール：　	<br />市民の展示発表の場として、地下１階に設置。面積は５００平方メートルほどです。<br />多様に変化する最長１５０メートルの可動展示壁を備えています。<br />	<br />アトリエ・練習室：<br />さまざまなアトリエや練習室を持つのも文化会館の特徴のひとつです。<br />アトリエＡは絵画向け、アトリエＢは工芸向けでろくろや木工道具を設置しています。<br />ピアノを常設した音楽練習室やダンス練習室も市民の生涯学習の場となっています。<br />	<br />その他：<br />３階には、茶席などに使える水屋付きの和室もあります。<br />また、２階にはレストランも営業しています。<br /><br />群馬県桐生市織姫町２番５号<br /><br />１枚目はグーグルアース３Ｄで桐生市市民文化会館正面から観たデーターです。<br />　　　　　　　<br />２枚目はグーグルアース３Ｄで桐生市市民文化会館の周辺を観たデーターです。<br /><br />３枚目はグーグルアース３Ｄで桐生市市民文化会館から桐生駅方面を観たデーターです。  </div> 
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 <updated>2012-02-20T00:00:26+0900</updated>
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 <title type="text">19日未明にまとめて</title>
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 <summary type="text" xml:lang="ja">みなさま、こんばんわ。<br />この時間は8つのサイト共通掲載です。<br /><br /><br />昨日18日は、<br /><br /><br />内房線岩井駅含め千葉県内のローカル駅での夜間無人化から19年<br /><br /><br />久留里線久留里駅限定の記念きっぷの発売<br /><br /><br />館山市内の船形公民館での相談できる代議士さんの集まり<br /><br /><br /><br />などがありました。<br /><br />事後報告または関連する投稿を書きたいところですが、時間をおいてから書きます…</summary>
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   みなさま、こんばんわ。<br />この時間は8つのサイト共通掲載です。<br /><br /><br />昨日18日は、<br /><br /><br />内房線岩井駅含め千葉県内のローカル駅での夜間無人化から19年<br /><br /><br />久留里線久留里駅限定の記念きっぷの発売<br /><br /><br />館山市内の船形公民館での相談できる代議士さんの集まり<br /><br /><br /><br />などがありました。<br /><br />事後報告または関連する投稿を書きたいところですが、時間をおいてから書きます。<br /><br /><br />今夜も千葉岩井もかなり冷えています。おそらく、昨晩の雪が残っている箇所が少なくないと思います。どうか、無理な運転をしないよう。  </div> 
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 <updated>2012-02-19T00:21:46+0900</updated>
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 <title type="text">皆沢八幡宮 です。</title>
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 <summary type="text" xml:lang="ja">桐生市の奥、梅田町皆沢にある皆沢八幡宮で足利又太郎忠綱公が祀られている神社です。<br />桐生市内から桐生川ダム、梅田湖の梅田大橋を渡り、田沼方面に向かい、約２ｋｍの所へ鎮座します。<br />本殿は隅木入りの春日造りで、正面向拝に唐破風を設けています。<br />浜床を持ち、軸部に彩色はないが組み物から上は朱塗りが施されています。<br />三手先の尾垂木には彩色された…</summary>
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   桐生市の奥、梅田町皆沢にある皆沢八幡宮で足利又太郎忠綱公が祀られている神社です。<br />桐生市内から桐生川ダム、梅田湖の梅田大橋を渡り、田沼方面に向かい、約２ｋｍの所へ鎮座します。<br />本殿は隅木入りの春日造りで、正面向拝に唐破風を設けています。<br />浜床を持ち、軸部に彩色はないが組み物から上は朱塗りが施されています。<br />三手先の尾垂木には彩色された龍頭の彫刻が施され、軸部の素木に対し組物の朱、尾垂木や木鼻、腰組下持送、手挟の彩色など、その対比が鮮やかです。<br />本殿内部には、 忠綱明神像と言い伝えられる木彫の神像が安置されています。<br />背面下部には「天文十二年／卯□月□日／納月作是／□□□□□」の墨書があります。<br />また、 本殿床下内部の壁面には建立時の原寸図と思われる墨書が確認されているなど、 建築史的にも興味を引く建造物です。<br />皆沢地区は、 昭和４３年の桐生市編入までは栃木県に属していたためか、 流造の神殿が多い近世桐生領の神社と異なり、数少ない春日造であり、この地域の特色をあらわしています。<br /><br />群馬県桐生市梅田町四丁目字皆沢川東６９１４番地<br /><br />１枚目はグーグルアース３Ｄで皆沢八幡宮正面から観たデーターです。<br />　　　　　　　<br />２枚目はグーグルアース３Ｄで皆沢八幡宮の周辺を観たデーターです。<br /><br />３枚目はグーグルアース３Ｄで皆沢八幡宮から桐生駅方面を観たデーターです。<br />　　　　<br />所在地　桐生市梅田町四丁目６９１４-１<br />管理者　森下　正照<br />指定内容　八幡宮本殿(一間社春日造り)<br />建築年代　１８世紀後半<br /><br />この神社は、桐生田沼線を田沼方面に向かい、桐生川ダムを過ぎて間もなく、皆沢地区にあります。<br />境内には、「火の見櫓」が残っていました。足利忠綱公が祀られています。<br />狛犬は、居りません。<br />本殿は、桐生市の文化財に指定されています。<br />桐生川の上流になる付近の森は、「水源の森　日本百選」に選ばれています。<br />神社近くにも「水場」がありました。<br />皆沢地区には、無形民俗文化財の「百万遍念仏」と云う民俗信仰が伝えられています。<br />皆沢八幡宮の御祭神は普通八幡宮でお祀りされている誉田別命ではなく、足利忠綱公というこの地域で活躍した剛将です。<br />「足利忠綱公がなぜこの地に祀られたか」には哀しく恨めしい、次のような故事が語り継がれています。<br />足利忠綱公は近隣に名の知られた剛将でしたが、足利の領主・上総介足利義兼公の正室・時子の方と不義密通があったという汚名を着せられ、建久7年(1196)ここ皆沢の近くの岩沢の地で自刃させられてしまいました。すぐに嫌疑は晴れたものの、時すでに遅し。<br />あらぬ疑いから、ここを終焉の地としてしまった忠綱公の霊を、上総介足利義兼公がこの地に鎮め、皆沢の村人達は地域の守り神「八幡様」として迎え祀ったというものです。  </div> 
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 <updated>2012-02-19T00:00:28+0900</updated>
 <published>2012-02-19T00:00:28+0900</published>
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 <title type="text">普門寺（曹洞宗　無畏山）です。</title>
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 <summary type="text" xml:lang="ja">菱町富士といわれる、標高70m舌状台地に位置し、昭和二十二年、東大人類学部、群大史学部、伊勢崎高校の生徒達によって、縄文式の押型文土器が発見されました。<br />翌年大規模の発掘調査が行われ、多数の土器が発掘されました。<br />天保十四年久方町、天神町の大火により、堂宇殆んど、烏有に帰し、十八世龍道和尚の代に本堂再建（昭和三十五年）、更に昭和五十二年…</summary>
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   菱町富士といわれる、標高70m舌状台地に位置し、昭和二十二年、東大人類学部、群大史学部、伊勢崎高校の生徒達によって、縄文式の押型文土器が発見されました。<br />翌年大規模の発掘調査が行われ、多数の土器が発掘されました。<br />天保十四年久方町、天神町の大火により、堂宇殆んど、烏有に帰し、十八世龍道和尚の代に本堂再建（昭和三十五年）、更に昭和五十二年、普門閣建設、昭和六十二年十九世泰元和尚により観音堂再建、徐々に伽藍が整備されました。<br />眼下に桐生川を望む普門寺背後の丘陵上で、水田面からの比高は60メートルほどです。<br />戦後まもない昭和23年から数次にわたる発掘調査が実施され、縄文時代のほか弥生時代の遺物が発見されています。<br />とくに縄文時代早期の押型文土器の一群は、普門寺式としての土器形式が提唱されたほどです。<br />50年近い歴史を持つ「だるま市」の日には、参道とその周辺、境内に露天が軒を連ね、中でもだるまを売る露店には縁起物を求めるお客が絶えません。<br />昭和３９年に始められた「だるま市」です。<br />参道及び周辺には、開運・商売繁盛・家内安全・ 厄除けなど様々な「だるま」を売る露店や食べ物・日用品を扱う露店が５０～６０程 立ち並び、家族連れなど多くの人で賑わいます。 <br />普門寺は由良成繁公が天正３年 （１５７５年）に新田郡世良田村の普門寺をこの地に移したものです。<br />なお、普門寺は、あじさい寺（約２００本）としても有名です。<br /><br />桐生市菱町四丁目２２７４番地<br /><br />１枚目はグーグルアース３Ｄで普門寺正面から観たデーターです。<br />　　　　　　　<br />２枚目はグーグルアース３Ｄで普門寺の周辺を観たデーターです。<br /><br />３枚目はグーグルアース３Ｄで普門寺から桐生駅方面を観たデーターです。<br />　　　　  </div> 
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 <updated>2012-02-18T00:00:42+0900</updated>
 <published>2012-02-18T00:00:42+0900</published>
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 <title type="text">放射線風評被害をあおる知識人</title>
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 <summary type="text" xml:lang="ja">１７日のタイムスに「被爆がゼロでないかぎり影響がある」のタイトル<br />の元、元大学院教授の講演会があったそうだ。見てみてびっくり、であ<br />る。東北と関東で取れた農作物は避けた方が良い。太平洋沿岸の魚は与<br />えない方が良い。ときた。つまり、桐生市民は関西以西のものを取り寄<br />せて食え、という話になる。不可能であろう？と思わないのか？報道す<br />る方も…</summary>
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   １７日のタイムスに「被爆がゼロでないかぎり影響がある」のタイトル<br />の元、元大学院教授の講演会があったそうだ。見てみてびっくり、であ<br />る。東北と関東で取れた農作物は避けた方が良い。太平洋沿岸の魚は与<br />えない方が良い。ときた。つまり、桐生市民は関西以西のものを取り寄<br />せて食え、という話になる。不可能であろう？と思わないのか？報道す<br />る方も考えないのか?と思う。第一、「どの程度のレベルでどの程度の<br />影響」という数値が一つも示されていない。１万分の１の確率で癌にな<br />る要素が１万分の３になります、３倍増えます。という程度であったと<br />したらそれで「関東脱出」を本気で考えた人はいい迷惑ではないだろう<br />か？科学者ならちゃんと数値で示せ、と言いたいし、講演会でそれが出<br />たのならちゃんと記事にして欲しい、とタイムスに要望する。それがな<br />いから風評が起こる。<br />一番注意して欲しいのはこの先生の専門は決して「放射線工学」ではな<br />い、という事だ。この先生の専門は電気と高分子工学である。簡単に言<br />えば接着剤の専門家。勿論、基礎物理学の一環として放射線の勉強もし<br />ただろうが、決して専門家ではない。ただ、知識人の一人として原子力<br />発電に反対する立場の講演をあちこちで開催しているらしい。<br />今、ちまたでいろんな問題が起こる度に「知識人の意見」が求められて<br />いる。そして「元教授、博士、評論家」という名前が付いていれば関係<br />の薄い分野にまでお声がかかって講演会や原稿依頼が殺到しているそう<br />だ。おかげで「いい加減な知識で混乱」が日本中で起こっている。だか<br />ら、「癌が治るキノコ」とか「簡単確実ダイエット」の文字が新聞広告<br />欄に乱舞する。しかし、それはほとんどが「いい加減な情報」なのだ。<br />大部分の人は分かっているはず。簡単確実なダイエットなどあり得ない<br />こと。癌が治るキノコなど無いこと。それなのにそれにすがりつきたい<br />気持ちがあるのは否定しない。しかし、それに踊らされてはならない。<br />講演会を開催する各種機関にもそれを要望したい。<br />くだんの先生がいい加減な先生とは言わない。知識人の立場で放射線の<br />危険性を述べるのはそれで正しいと思う。しかし、原発事故による食品<br />や生活への影響を講演会のテーマにするなら原子力の専門家、あるいは<br />放射線医療の専門家を呼ぶべきで、接着剤の専門家に聞くべきではない。<br /><br />桐生タイムス様、追加取材して下さい<br />桐生市に住んでいるこの先生のお子さんやお孫さんや親類縁者はど<br />うしていますか？当然、食べ物も水も「西日本」から取り寄せているん<br />でしょうね？妊産婦がいる家族は関東から引っ越す準備をしているんで<br />しょうね？<br />まさか何もしないで「私はもう年だから何を食っても関係ない」と思っ<br />て講演では「子供には東北と関東で採った農産物は避けた方が良い」<br />「太平洋沿岸の魚は与えない方が良い」とは言わないですよね？そんな<br />ことしたら講演会費用を得るために不安をあおる詐欺商法と陰口をたた<br />かれますよね？  </div> 
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 <updated>2012-02-17T17:34:41+0900</updated>
 <published>2012-02-17T17:34:41+0900</published>
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 <title type="text">東禅寺（臨済宗　瑞雲山）です。</title>
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 <summary type="text" xml:lang="ja">現在の群馬県世良田にある長楽寺は、その昔臨済禅の名刹であり、常に数多くの雲納、僧侶が参集し、修行伝導の大道場でした。<br />時の長楽寺単寮より法を受けた南海宝州は上州小倉村に来錫し字釈迦堂に小庵を結び郷民の摂化伝道に勤め、後に当地に堂宇を建立し、縁師仏乗禅師を勧請し瑞雲山東禅寺を開創しました。<br />時に正中二年(1325年)三月でした。<br />降って建武三…</summary>
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   現在の群馬県世良田にある長楽寺は、その昔臨済禅の名刹であり、常に数多くの雲納、僧侶が参集し、修行伝導の大道場でした。<br />時の長楽寺単寮より法を受けた南海宝州は上州小倉村に来錫し字釈迦堂に小庵を結び郷民の摂化伝道に勤め、後に当地に堂宇を建立し、縁師仏乗禅師を勧請し瑞雲山東禅寺を開創しました。<br />時に正中二年(1325年)三月でした。<br />降って建武三年(1336年)新田義貞公は、出兵に当り園田七郎秀成の実子園田四郎左衛門尉秀澄を家臣に加え、一族の戦勝を祈念して東禅寺へ「毘沙門天像」を寄進し、寺領を奉納しました。<br />しかし武運ったなく建武五年(1338年)7月両者共に戦死しました。<br />市指定文化財「建武の碑」は、その供養塔と思われるものです。<br />更に降って天文、永禄年間は戦国の世となり、上杉・武田、及び桐生・由良両氏の交戦の戦禍に巻かれ総ては灰燼と化し、開創以来二百余年の歴史的空白を生じたのものです。<br />当山二代喜伯慶公和尚は、東禅寺開創者の子孫の帰依を受け字吾妻沢に東禅寺を再興しました。<br />時に天正元年(1573年)11月1日です。<br />現存せる東禅寺本堂は、当山六代古岳浮公和尚の発願により、寛永八年(1631年)三月現在地へ移築したものです。<br />宝永八年(1711年)当山十代蔭涼和尚の時、梵鐘も鋳造し鐘楼も建立して名実ともに臨済寺院としての形容も整えました。<br />しかしこの梵鐘も第2次世界大戦の時応召され鐘楼のみ残されました。<br />現在の梵鐘は昭和四十八年に再鋳奉納されたものです。<br />平成に入り、本堂・禅堂・庫裏の整備を行い、平成七年秋には大本山建長寺管長「吉田正道老大師」を始め多くの関係寺院の住職を拝請し、檀信徒の見守る中、落慶大法要を厳修しました。<br /><br />桐生市川内町一丁目３６９番地<br /><br />１枚目はグーグルアース３Ｄで東禅寺正面から観たデーターです。<br />　　　　　　　<br />２枚目はグーグルアース３Ｄで東禅寺の周辺を観たデーターです。<br /><br />３枚目はグーグルアース３Ｄで東禅寺から桐生駅方面を観たデーターです。<br />　　　　  </div> 
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 <updated>2012-02-17T00:01:37+0900</updated>
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 <title type="text">館山市の広報誌より</title>
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   <name>南房総のかずちゃん</name>
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 <summary type="text" xml:lang="ja">2012年2月15日発行<br />千葉県館山市の広報誌より<br />画像は<br />http://kachinet.jp/blog/blog.php?key=41043<br />こちらで。<br /><br /><br /><br />先ほど<br />http://wandara.net/blog/blog.php?key=41141<br /><br />こちらで書きましたが、上記の館山市の広報誌で、房州わんだぁらんどを運営する、NPO法人・南房総IT推進協議会が紹介されています。<br /><br /><br />南房総を愛するすべての人の声を伝えたい<br /><br /><br />を表題に主に3項目の活動内容、みなラ…</summary>
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   2012年2月15日発行<br />千葉県館山市の広報誌より<br />画像は<br />http://kachinet.jp/blog/blog.php?key=41043<br />こちらで。<br /><br /><br /><br />先ほど<br />http://wandara.net/blog/blog.php?key=41141<br /><br />こちらで書きましたが、上記の館山市の広報誌で、房州わんだぁらんどを運営する、NPO法人・南房総IT推進協議会が紹介されています。<br /><br /><br />南房総を愛するすべての人の声を伝えたい<br /><br /><br />を表題に主に3項目の活動内容、みなラジの風景の写真が載っています。<br /><br />直接、地域SNSそのものを取り上げてはいませんが、運営母体の法人が、市町村の広報誌に取り上げられることは、わんだぁらんどメンバーの一人の私としてはありがたい限りです。<br /><br />館山市秘書広報課におかれましては敬意を表したいと思います。<br /><br />詳細な掲載内容は、直接、広報誌をごらんになるか、館山市のホームページでも閲覧はできます。<br /><br /><br />余談ですが。<br />この広報誌に、<br /><br /><br />高齢者を地域で守る<br /><br />地域医療を守る館山市の取り組み<br /><br /><br />という掲載を見つけました。こちらもしっかり、チェックされますことをおすすめします。  </div> 
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 <updated>2012-02-16T01:01:09+0900</updated>
 <published>2012-02-16T01:01:09+0900</published>
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 <title type="text">崇禅寺（臨済宗建長寺派　萬松山）です。</title>
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 <summary type="text" xml:lang="ja">崇禅寺は、織物の街桐生の西の山間、小倉の里に元久二年（1205）法然上人の弟子智明上人（桐生小倉の人、園田太郎成家）により元久二年（1205年）に開創された山寺です。<br />その後南北朝の中頃、応安三年（1370）には、鎌倉大本山建長寺第四十五世東伝士啓禅師により、臨済宗の禅寺として開山されその長い歴史と法灯を今日に伝えています。<br />この地方では「阿弥陀様…</summary>
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   崇禅寺は、織物の街桐生の西の山間、小倉の里に元久二年（1205）法然上人の弟子智明上人（桐生小倉の人、園田太郎成家）により元久二年（1205年）に開創された山寺です。<br />その後南北朝の中頃、応安三年（1370）には、鎌倉大本山建長寺第四十五世東伝士啓禅師により、臨済宗の禅寺として開山されその長い歴史と法灯を今日に伝えています。<br />この地方では「阿弥陀様の寺」として知られる古利です。<br />群馬県指定重要文化財である本尊阿弥陀如来像は、本堂裏の阿弥陀堂に安置され小倉の里を見守り続けており、境内約一万坪には群馬県指定天然記念物の樹令六百年をこえる、目通り、7メートルの「イトヒバ」や赤松老松群が並んでいます。<br />裏山一帯には、クマザサ群を下草にともなった落葉広葉樹林が広がり、本堂、客殿、庫裏、鐘楼、山門が、阿弥陀堂を中心に点在しています。<br />さらに、茶室の无量庵、夢違庵、松韻軒、東屋が孟宗竹林をはさんで建てられています。<br />またクマザサ群を縫う遊歩道であり心力を養う為の「弥陀の小径」があります。<br />このように崇禅寺は寺の歴史的、文化的資産と良好な自然が調和している地域として「崇禅寺緑地環境保全地域」として群馬県指定を受けています。<br />さらに近年、環境庁の関東ふれあいの道や「群馬の自然100選」にも指定され、これらの貴重な郷土の文化財と恵まれた寺の自然を近郊緑地としても広く一般に開放しています。<br />それは仏と自然との対話を通して訪れる多くの人々に、禅と茶のこころを提案し、心の力を養う環境道場づくりに努力しています。<br /><br />桐生市川内町二丁目６５１番地<br /><br />１枚目はグーグルアース３Ｄで崇禅寺正面から観たデーターです。<br />　　　　　　　<br />２枚目はグーグルアース３Ｄで崇禅寺の周辺を観たデーターです。<br /><br />３枚目はグーグルアース３Ｄで崇禅寺から桐生駅方面を観たデーターです。<br />　　　　<br />崇禅寺は１２０５年、法然上人の弟子智明上人により開創されたお寺です。<br />古くから川内の阿弥陀様の寺として知られた臨済宗の名刹で境内地一帯は寺の歴史的・文化的資産と自然が調和しています。<br />地域として県により緑地環境保全地域に指定されています。  </div> 
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 <updated>2012-02-16T00:00:18+0900</updated>
 <published>2012-02-16T00:00:18+0900</published>
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 <title type="text">泉龍院（田澤山 青松林泉龍禅寺）です。</title>
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 <summary type="text" xml:lang="ja">不尽和尚が応永２４年(1417)に開山しました。<br />慶安２年に徳川３代将軍家光公より特使を受け山門を建立し，徳川家と庶民の安泰を祈るべく厄封じの祈祷印を受け厄除けの寺として栄えてきました。<br />下菱村雷電山の麓、菱小学校の裏側にあります。<br />院内には山門、鐘楼、本堂、長屋門、社務所があり、背後の山や石垣により、美しい空間です。<br />桐生の寺には珍しい、藁…</summary>
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   不尽和尚が応永２４年(1417)に開山しました。<br />慶安２年に徳川３代将軍家光公より特使を受け山門を建立し，徳川家と庶民の安泰を祈るべく厄封じの祈祷印を受け厄除けの寺として栄えてきました。<br />下菱村雷電山の麓、菱小学校の裏側にあります。<br />院内には山門、鐘楼、本堂、長屋門、社務所があり、背後の山や石垣により、美しい空間です。<br />桐生の寺には珍しい、藁葺きの長屋門があります。<br />正面の古い鐘楼堂の横に新しい鐘楼堂があります。<br /><br />本堂左のシホウチク群　イネ科シカクダケは桐生市指定天然記念物となっています。<br />この地区（菱町）は昔は栃木県の為、付近に十数の神社、仏閣があります。<br />当院は，田澤山青松林泉龍禅寺泉龍院と号し，天文15年（1546）に曹洞宗に改めました。<br />以前は天台宗でありました。<br />当山は山林寺号を有する関東屈指の古禅林であり，特に全国各地や海外より多くの修行僧が集まり，禅学を講義して修行された寺として宗門僧侶の出世の道場として開かれたお寺です。<br />本尊は釈迦無尼仏と薬師瑠璃光如来です。<br />当寺の薬師如来様は，霊験灼かで悪病を祓（はら）い，一切の厄を取り除き大願を成就する薬師様です。<br />慶安2年に徳川3代将軍家光公より特使を受け山門を建立し，徳川家と庶民の安泰を祈るべく厄封じの祈祷印を受け厄除けの寺として栄えてきました。<br />今では厄除けの名声遠くまで広がり，桐生厄除け薬師霊場として近隣各地より大勢の善男善女が参拝され，特別祈祷寺として信仰を集めています。<br />ご開帳の大祭は毎年1月元日より4日まで行われています。<br />境内には天然記念物として「四方竹群」，保存樹として「大王松」「コウヤマキ」「多羅葉」等があります。<br />建物としては，山門が徳川家光公よりの特使によって建立され瓦は葵の紋になっています。<br />また，長屋門は当地の殿様であった細川内膳の屋敷門を移築し，屋根はそのまま茅葺きにして現在に至っています。<br />法堂内では四方欄間は彫刻師関口文次郎作といわれ左甚五郎の弟子なり，宝物では徳川3代将軍家光公よりのご朱印，450年前の韋駄天様，山越源右ヱ門（名主）より身代わり観音立像（別名胴ぎり観音），板碑，隠れキリシタン碑等有り，一見の価値があります。<br />普段の日でも厄除け等の受付をいたしております。<br />山寺であるため，非常に情緒のあるお寺です。<br />京都風の寺でもあり，本堂の大きさはかなりのものです。<br /><br />群馬県桐生市菱町２丁目<br /><br />１枚目はグーグルアース３Ｄで泉龍院正面から観たデーターです。<br />　　　　　　　<br />２枚目はグーグルアース３Ｄで泉龍院の周辺を観たデーターです。<br /><br />３枚目はグーグルアース３Ｄで泉龍院から桐生駅方面を観たデーターです。<br />　　　　<br />開創は応永二十四年（1417年）で、当時は天台宗との事です。<br />後の天文十五年（1546年）に曹洞宗に改めました。<br />宝物では徳川家三代将軍家光公よりの御朱印、法隆寺の百万塔のうちの一基、四百五十年前当山が曹洞宗になった時の韋駄天、山越源右ェ門よりの身代り十一面観世音菩薩立像、幕末最後の小大名横瀬家の末孫の大舘鐵之助、二男大舘門治郎の墓地と位牌、板碑、隠れキリシタンの碑等・いろいろ有ります。<br />桐生厄よけ薬師霊場として近隣各地より大勢の善男善女が参拝され、特別祈祷寺として信仰を集めております。<br />神社・仏閣に藁葺きの長屋門があることは非常に珍しい寺の建物群です。  </div> 
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 <updated>2012-02-15T00:00:26+0900</updated>
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 <title type="text">桐生川ダム　です。</title>
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 <summary type="text" xml:lang="ja">桐生川（きりゅうがわ）は、主に群馬県桐生市を流れる利根川水系渡良瀬川支流の一級河川です。<br />群馬県桐生市梅田地区の最高峰である根本山に源を発し南へ流れ、忍山川、高沢川、黒川などを合わせ、栃木県足利市小俣町で渡良瀬川に合流します。<br />流域は上野、下野の両国にまたがります。<br />根本山南麓周辺に広がる森林で、桐生川源流林として森林浴の森百選およ…</summary>
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   桐生川（きりゅうがわ）は、主に群馬県桐生市を流れる利根川水系渡良瀬川支流の一級河川です。<br />群馬県桐生市梅田地区の最高峰である根本山に源を発し南へ流れ、忍山川、高沢川、黒川などを合わせ、栃木県足利市小俣町で渡良瀬川に合流します。<br />流域は上野、下野の両国にまたがります。<br />根本山南麓周辺に広がる森林で、桐生川源流林として森林浴の森百選および水源の森百選に指定されています。<br />森林内には遊歩道が整備されています。<br />市街地からも近いので、梅田湖を中心とした親水と森林浴を楽しむ人が多いです。<br />桐生市街地から車で20分程度の至近にあって、地域に親しまれています。<br />貯水池である梅田湖の周辺には、県立桐生青少年野外活動センター や梅田ふるさとセンターなどができ、訪れる人々も年々増加してきました。<br />このため、県では桐生市と協力して梅田湖周辺の環境整備計画を まとめ、平成8年度から「ダム湖活用環境整備事業」として整備を行っています。<br /><br />群馬県桐生市梅田町<br /><br />１枚目はグーグルアース３Ｄで桐生川ダム正面から観たデーターです。<br />　　　　　　　<br />２枚目はグーグルアース３Ｄで桐生川ダムの周辺を観たデーターです。<br /><br />３枚目はグーグルアース３Ｄで桐生川ダムから桐生駅方面を観たデーターです。<br /><br />●管理所名：桐生土木事務所　桐生川ダム管理事務所<br />●住所：桐生市梅田町四丁目1781　　　　<br />ダム諸元<br />位置：桐生市梅田町 4丁目<br />河川名：利根川水系桐生川<br />目的：F・N・W・P<br />型式：重力式コンクリート<br />堤高：60.5m<br />堤頂長：264.0m<br />堤体積：293,000m3<br />ダム天端標高：EL262.0m<br />非越流部標高：EL261.5m<br />設計洪水位：EL260.5m<br />サーチャージ水位：EL258.7m<br />常時満水位：EL253.7m<br />洪水期制限水位：EL242.8m<br />最低水位：EL226.5m<br />基礎岩盤標高：EL201.5m<br />※目的<br />　Ｆ：洪水調節　<br />　N：既得取水の安定化、河川環境の保全等<br />　W：上水道用水　<br />　P：発電  </div> 
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 <updated>2012-02-14T00:00:19+0900</updated>
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 <title type="text">桐生</title>
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 <summary type="text" xml:lang="ja">　 <br />風が吹くと木漏れ日が揺れる<br />耳を澄ますと川の瀬音が聞こえる<br />雨が降ると木々の匂いがする<br />そんな街だ<br />僕の生まれた桐生の街は・・・<br />　<br />季節の匂いは山の向こうからやってくるらしい<br />夜が静かな憂鬱を夢にかえるから<br />星は想い出の飛沫に輝きを反射させる。<br />透明な空気と濃密な躯の記憶<br />優しい街の密やかなココロは誰にも気づかれない<br />　<br />見つめるこ…</summary>
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   　 <br />風が吹くと木漏れ日が揺れる<br />耳を澄ますと川の瀬音が聞こえる<br />雨が降ると木々の匂いがする<br />そんな街だ<br />僕の生まれた桐生の街は・・・<br />　<br />季節の匂いは山の向こうからやってくるらしい<br />夜が静かな憂鬱を夢にかえるから<br />星は想い出の飛沫に輝きを反射させる。<br />透明な空気と濃密な躯の記憶<br />優しい街の密やかなココロは誰にも気づかれない<br />　<br />見つめることは苦手だった<br />見つめ合うことはもっと苦手だった<br />だから<br />全てを委ねてしまおう<br />手を繋ぐことや傷つくことや素肌を触れあうことや<br />落ち込むことやキスすることや怒ることやためらうことや<br />その他全ての日常はいつか見た未来の地図<br />「もう空を見上げなくていいんだ」<br />　<br />遠くに川の瀬音を聞きながら<br />さぁ今日はおやすみ<br />目を閉じて<br /><br />(ココガボクノフルサトダカラ・・・)  </div> 
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 <updated>2012-02-13T23:40:29+0900</updated>
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 <title type="text">本日のｆｍｋｉｒｙｕ　ギミアブレイク「大内　栄のまち暮らしのすすめ」は、</title>
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 <summary type="text" xml:lang="ja">【市議会へ行こう】<br />　２月５日に第３回桐生市議会議会報告会が黒保根町で行われました。<br />　そこで、地元の市議会議員の　新井達夫さんをゲストにお招きして<br />　黒保根町のことをいろいろお聞きいたします。　<br /><br />【風のたより】<br />今回は第３回桐生市議会報告会について、参加したスタッフにより感想を交えて<br />報告させていただきます。<br /><br />ぜひ、お聞きください…</summary>
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   【市議会へ行こう】<br />　２月５日に第３回桐生市議会議会報告会が黒保根町で行われました。<br />　そこで、地元の市議会議員の　新井達夫さんをゲストにお招きして<br />　黒保根町のことをいろいろお聞きいたします。　<br /><br />【風のたより】<br />今回は第３回桐生市議会報告会について、参加したスタッフにより感想を交えて<br />報告させていただきます。<br /><br />ぜひ、お聞きください。<br /><br /><br />【放送予定】<br />放送日：2012年2月13日pm7：06～pm7：59<br />再放送：2012年2月14日am11：06～am11：59<br />　　　　　2012年1月14日pm11：06～pm11：59　<br /><br />○この放送は、FM桐生77.7MHZで放送しています。<br />○インターネット、スマートフォンからは、サイマルラジオにて日本全国どこでも聞くことができます。　　<br />　http://www.simulradio.jp/ホームページからサイマルラジオへ入れます。<br />○ｉｐｈｏｎｅからは、i-コミュラジより日本全国どこでも聞くことができます。<br /><br /> 番組へのご意見、ご感想、リクエストをお寄せください。<br /> つぶやきもお待ちし ています。<br /> fax：0277-32-5952　　<br /> mail：me@fmkiryu.jp<br /> twitter:#fmkiryu<br /><br />【スタッフ】<br />○パーソナリティ：大内栄・斉藤美恵子<br />○ナビゲーター　：岡野紀子<br />○技術・音響　　：金子和浩、吉田　薫<br />○ディレクター　：塩崎泰雄  </div> 
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 <updated>2012-02-13T14:41:56+0900</updated>
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 <title type="text">石鴨天満宮です。</title>
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 <summary type="text" xml:lang="ja">鴨天満宮は群馬県桐生市、桐生市の北に位置する梅田ダムから更に奥へ登った根本山へ続く道沿いに鎮座します。<br />今も石鴨天満宮を管理しているのは藤生家です。<br />桐生市の伝説では、石鴨天満宮が桐生川の氾濫で流され、辿り着いた地が今の桐生天満宮とあります。<br />しかし、桐生天満宮の由緒にはその記述は無く、北野天満宮からの勧請とされています。<br />桐生天満宮…</summary>
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   鴨天満宮は群馬県桐生市、桐生市の北に位置する梅田ダムから更に奥へ登った根本山へ続く道沿いに鎮座します。<br />今も石鴨天満宮を管理しているのは藤生家です。<br />桐生市の伝説では、石鴨天満宮が桐生川の氾濫で流され、辿り着いた地が今の桐生天満宮とあります。<br />しかし、桐生天満宮の由緒にはその記述は無く、北野天満宮からの勧請とされています。<br />桐生天満宮はかつて「赤城明神の森」とされ、位置的にも言い伝えがとても理に叶っているように思えます。 <br /><br />桐生城主由良成繁の重臣藤生紀伊守善久は、諸国遊歴の際、京都北野天満宮から神像を受けて自己の守り本尊としていましたが、小田原落城後由良氏は桐生を退散して常州牛久へ移ました。<br />その際藤生善久は桐生郷へ土着、善久の弟藤生六右衛門は桐生川上流の此地石鴨に落着したので、神像をここに祀って藤生家の氏神にしたといいます。<br />大正初年には山地村の村社として村民七十余戸の尊信するところとなり、昭和二十一年六月三十日宗教法人令によって法人化し、昭和二十八年一月二十四日宗教法人法により、知事の認証するところとなりました。<br /><br />群馬県桐生市梅田町5-560<br /><br />１枚目はグーグルアース３Ｄで石鴨天満宮正面から観たデーターです。<br />　　　　　　　<br />２枚目はグーグルアース３Ｄで石鴨天満宮の周辺を観たデーターです。<br /><br />３枚目はグーグルアース３Ｄで石鴨天満宮から桐生駅方面を観たデーターです。  </div> 
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 <updated>2012-02-13T00:00:26+0900</updated>
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